彼は、王の頭上で輝く冠、そのもののようだと思うことがある。
「ああいた。はっちゃん」
体育を終えて更衣室に戻ろうとしていたジャージ軍団の中に目当ての人物を見つけた取手は、長い手を軽く挙げてそう声を掛けた。
瞬間、他の男子生徒と談笑していたらしい彼は猫のような反射で視線を巡らせ、足を止めて振り返る。
「おー、かまち」
目を細めて人懐っこい笑みを浮かべた九龍が踵を返せば、両脇にいた夕薙と皆守の二人もつられるようにして集団を離れた。
それにしても、と取手は思う。
周囲の人間はなんら不思議に思っていないようだが、この二人が仲良く並んで歩いているというのは、なんというかこう、えらく気味の悪い光景だ。
けれどそんなことは露ほども感じていないらしい九龍は、校舎の廊下にまで漂う冷たい秋の気配のせいだろう、ジャージのポケットに
両手をつっこんだままでちょっと肩を竦めている。
「何、どした?もしかして昼飯のお誘い?」
「あ…うん。マミーズで今日からカレーフェアやるって聞いたから、どうかなと思って」
「えッ、マジで!?聞いたか甲ちゃん!カレーフェアだってよ!!」
喜ぶだろうという取手の予想はまんまと的中し、ポケットに入れていた両手で「わかったから大声で喚くな!」と耳を押さえる皆守を
ガクガクと揺さぶる姿には、悪いと思いつつも口の端から苦笑が漏れた。
「どうする、もういっそのことこのまま食いに行くか?着替えてると食いっぱぐれそうだぞ?」
腕時計を見やる年上の同級生からのありがたくも現実的な忠告に、
「うーわ。夕薙&ジャージ軍団なんてモロに柔道部と間違われそうでやだなー、オレ」
「そう言わずに、いっそのこと入ってくれても全然かまわんぞ?」
「あっはっは、ダメダメ。オレ感じやすいもんで」
寝技とか掛けられて恥ずかしい声とか出ちゃったらやだしー、なんて言いつつケタケタ笑ってはぐらかされてしまえば
夕薙もそれ以上無理に勧誘することはなく、途端にどこから現れたものか怪しい影がハァハァと荒い息遣いで九龍の背後を取った。
誰だと問うまでもない。
「ああん、ス・テ・キ!ぜひ二人っきりで聞かせて欲しいわッ!ふふ……もちろんベッドのう・え・で―――ゴブゥッ!!」
んー、と唇を突き出してキスを迫ったのと、朱堂の髭剃り痕が実に青々とした顎がなんの前触れもなく下から突き上げられて仰け反ったのは
ほぼ同時だった。彼らの後ろにいた他の一般生徒たちは、ほとんど胆試しかという朱堂の面相に奇声をあげて散って行く。
あれってちょっとひどいんじゃないかなァ―――――気持ちはわかるけど。
「………おーい生きてるかぁ?」
「悪いな、でっかいゴキブリと間違えちまった」
「や。それ苦しい。苦しいよ甲ちゃん」
「そうよッ!この華麗なるビューティーハンターをこともあろうにゴキブリと間違うなんて、アナタの美的感覚は狂ってるとしか言いようがないわッ!!」
「………息の根を止めるのも慈悲の心だよなぁ。取手」
「え…ええ?さすがにそれはまずいんじゃ……」
「はっはっは!美的感覚はともかく、生命力だけとれば確かにゴキブリ並と言えなくもないかもしれんなァ」
そんなふうに騒いでいたら、すでに制服に着替えた八千穂さんと白岐さんが僕たちに気づいて階段を降りてくる姿が目に入った。
多分彼女たちもこの輪の中に加わるだろう。
そうして歩いているうちに、いつのまにか輪は大きくなって―――――その中心にはきっと、九龍がいる。
仲間たちが作る友情という名の冠はいつだってきみのもの。
友達の輪って王冠みたいだよね、となんとなくそんな連想から書いてみた話。
ウチの九龍くんはそれをかぶっているタイプではなくて、その中心の空洞部分みたいな感じなんじゃないかなァと。
・・・・・・ドーナツの穴?(笑)