葉佩九龍という男は「愛」の塊なんだろうと思う。
博愛、友愛、親愛、恋愛。愛情の意味合いを持つすべての言葉をひとまとめにしてギュッと結んで、そうしてできたのが葉佩九龍という人間なんじゃないかと。

「……で、なんだって?」
「だ〜か〜らぁ、千貫さんに頼まれて坊ちゃまに届けようとしてた鮮度抜群☆新鮮牛乳をとあるアクシデントで割っちゃったから、お詫びに今日から一週間《九龍》で開店準備の清掃バイト」
「じゃ、今やってるのは何だよ」
「これ?これは割っちゃった牛乳の変わりに葉佩印『飲んだらやみつき!白い飲み物』を生徒会に送りつけて何故か罰として言い付けられた生徒会室の掃除。……なんでだろうなぁ?」
「〜〜〜アンタねェッ!!なんでじゃないでしょうが!あんな得体の知れないモン飲ませといて……ッ」
「得体の知れないモンて失礼な!ただのカルピスと甘酒とコンビニ牛乳じゃないか」
「何で混ぜる必要があるんスか!?コンビニ牛乳だけにしとけよ!!」
「えぇ〜。つっまんねーじゃん、そんなの」
「ア・ン・タ・はぁ〜〜〜ッ!!」

そりゃあ確かに面白いものは見られただろう。
厳かにキャップを外して飲んだ瞬間に牛乳を噴き出す阿門とか。………………まぁ、どっちかっつーとホラーの域だが。

「まあ生徒会室を掃除している理由はわかったけどな、なんでそれに俺が付き合わされるんだ?」
「何をおっしゃる。オレがいれば甲ちゃんが、甲ちゃんがいればオレが、親友とは常に一心同体ッ!!!」

バチコーン!とウィンクをしながら親指を立てられて、皆守は無表情のまま座っていたソファから立ち上がった。

「―――短い友情だったな」
「うわヒドッ!!」
「ひどいのはお前だ」

なんだってこんな一番一緒に立ち寄りたくない場所に、当の本人と訪れなくてはならないのだ。
とにかく大層な理由はないとわかったのだから、これ以上ここに自分が同席する必要はない。
背後から「人でなし!」だの「甲ちゃんの薄情者!」「カレー星人!」だのと九龍の罵声(最後のは少々違うが)が追ってきていたが、すべてに無視をきめこんで
皆守は無情にも生徒会室のドアをバタンと閉じた。

いつまでもここにいてはバッタリ他の役員連中と遭遇しないとも限らない。
特に今は阿門が駄目だ。九龍のせいで、会った瞬間に何を言うよりも早く噴き出す自信がある。
そう思ってそそくさと階段を下りようとした時、ちょうど昇ってきた小柄な女生徒と鉢合わせた。

「……椎名」
「あら。九サマはご一緒じゃないんですの?」
「…………俺とアイツはワンセットかよ………」

どこかの誰かと同じようなことを暗に問われた気がして、思わず憮然とした顔になる。
けれどそんなものは意にも介さない様子で、リカはクスクスと可愛らしく笑った。

「ええ。九サマも単体販売はしていないっておっしゃいましたし」
「………………」

いつから商品に、などというツッコミは、この際グッと飲み込む。代わりに元来た先を視線で示して、皆守は深々と溜息をついた。

「あいつなら生徒会室で清掃活動中だ。まったく、くだらないことばっかしやがって……」
「あら、今度は何をされたんですの?」

今度は―――とは聞き捨てならない単語だが、それもまた聞かなかったことにして口を開く。

「千貫のじいさんに頼まれた牛乳を割っちまったからって、代わりに得体の知れない【牛乳もどき】を阿門に飲ませたんだと」
「まあ!それ本当ですの?」
「監視役に夷澤が付いてるんだから、そうなんじゃないか?」

実際口にして改めて思ったことだが、本当にくだらない。言っていてこちらの力が抜けるくらい、それは意味のない悪戯にすぎなかった。
けれどリカは目を丸くした後、なんとも申し訳なさそうな顔をして心配そうに生徒会室の方を見やる。

「なんだよ、どうかしたのか?」
「どうしましょう………それ、リカのせいなんですの。リカが牛乳瓶を落としたから……」
「はァ?」
「だから、九サマは悪くないんですわ」

リカの話はこうだ。

どこかに向かう途中だった九龍がたまたま礼拝堂の前を通りかかった時、木に登って下りられなくなっていた猫がいたらしい。
木登りのできないリカの頼みを快く引き受けて持っていた牛乳瓶を預けると軽々と木に登った。
だが猫を抱いて下りる際にうっかり細い枝に足を置いてしまったようで、あっという間もなく枝が折れて九龍と猫は諸共に落ちたそうだ。
バランスを崩した九龍の手からすっぽ抜けた猫は、慌てて追ったリカが咄嗟に手を伸ばしてキャッチしたので無事だったのだが―――――預かっていたはずの瓶入り牛乳は、哀れ、地に落ち粉々に。

「……ですから、九サマだけが悪いわけではないんですの」

リカが手を離さなければ牛乳瓶は割れなかった。
いやそもそも、リカが猫を助けようなどと思わなければ九龍は牛乳をリカに預けなかっただろう。
けれど九龍は何も言わず、自分が調合した牛乳もどきを何食わぬ顔で阿門に届けた。
そして今も何も言わずに生徒会室で罰掃除を遂行している。

「………いや。ほっとけよ。ドジ踏んだあいつが悪い」

転校生といえども実態は一生徒に過ぎない九龍と、元とはいえ《執行委員》だったリカだ。
制裁に差があると考えるのは間違いではない。

わかりやすい。けれど見えにくい。
実に厄介な愛情表現にほとほと呆れ返りながら、そう言って皆守はリカを促し、階段を下りていった。

 

 

 

 

つーか牛乳瓶を割ったことよりカルピス+甘酒+コンビニ牛乳のコラボが悪い。
そして、そっちに怒りが向くのをわかっていてやった九龍の愛に気付ける皆守がフツーに気持ち悪い(笑)。