◇◆ 白 銀
世 界 ◇◆◇
朝、目が覚めてカーテンを開けると、そこは一面の銀世界でした。
「―――というわけで、とりあえず今日の約束はキャンセルということでいいですか?」
『ハァ?なんでだよ?』
電話の向こうで途端に不機嫌な声を出した元相棒に、黒子は溜息を吐きながら窓の外を見やった。
「なんでって、キミも外見ましたよね?これじゃとてもバスケなんてできないでしょう?」
今日は部活がオフだから、久しぶりに公園のコートでストバスをしよう、という約束だったのだ。
雪が積もった状態では、ドリブルができるかどうか以前に足元が危ない。そうなれば当然、今日の約束は延期、という結論に至るのは
別におかしなことではないだろう。
黒子がそう言うと、青峰は一瞬言葉に詰まったあと、
『なら、ウチに来いよ』
と言った。
「……は?」
『そんなら雪降っててもカンケーねえし』
我ながら良い案だと、途端に上機嫌になった携帯電話の向こう側に、黒子は冷たい声で「イヤです」と返した。
『ああ!?なんでだよ!?』
「それはボクの台詞です。どうしてこの寒い中を、ボクがわざわざキミの家まで出かけて行かなきゃいけないんですか」
『テメ…ッ、オレに会いたくねーのかよ!?』
「会いたいですよ?」
なら、と言い募ろうとした矢先に、しかし黒子はきっぱりと告げる。
「でも今日は死ぬほど寒くて外に出るとかボクには無理です」
予想通りといえば予想通りすぎる答えに、青峰はこのヤロウと歯軋りしたい気分になった。
通う高校が別ということはつまり、日常的に一緒に過ごせる時間はほとんどない。
授業さえ終われば自由になる放課後も、休日すら部活があればそちらが優先されるのだ。
そうなれば必然的に会えるのはお互いの部活が
休みの日だけ。
――――だというのに、淡白極まりない黒子の答えはどういうことか。
納得がいかなかったが、このままハイそーですかと答えては、結局今日黒子に会うことは出来ないから、散々に内心で迷った挙句、
青峰は携帯電話を握り締めたまま己の短い髪をガシガシと掻き毟った。
『あークソ!わかったよ、オレがテツんち行く!!』
これでもし寒いからドアすら開けたくないと言われたら、さしもの青峰も本気でヘコむところだったが、黒子は素直にわかりましたと頷いた。
先ほどの会いたいですよ?というのは、さすがに嘘ではなかったらしい。
「昼ご飯はお家で食べてきますか?」
『テツんちで食う。途中のマジバでテキトーに買ってくけどいいよな?』
「はい。じゃあ待ってますね」
『おう。あとでな』
自分の願望なのか、答える黒子の声はさっきよりも少しだけ嬉しそうに聞こえて、青峰は放り投げられていたダウンジャケットを引っ掴んで
早々に自室を後にした。
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先ほどの電話からさほど時間をおかず黒子の家にやってきた青峰と、途中で買ってきてくれたマジバで簡単に昼ご飯を済ませ、その途端の
出来事だった。
「………青峰君、狭いんですが」
当たり前のように黒子を自分の前に座らせて、なかば圧し掛かるようにくっついてくる青峰にとりあえずそう文句を言ってみる。
けれど彼はまるで意に介した様子もなく、むしろその長い腕を黒子の胴に巻きつけてきた。
「んだよ、さみーんだろ?」
「それはそうですけど」
「ならいいじゃねーか」
両腕でギュッと抱きしめられて、黒子は溜息を一つ吐く。
もともと中学時代はスキンシップの多かった人だ。黒子としてはこうもくっつかれていると気恥ずかしさが先に立ってどうにも落ち着かない
のだが、自分に懐いてくる青峰の行動の素直さが可愛くて、これはもう仕方がないかと諦めることにした。
自分を抱えて座る青峰の長い脚はまるで柵のように立てられており、寄り掛かれば鍛え上げられたしなやかな筋肉が自分の背中を軽々と
受け止めてくれる。
トンとその身を預けながら、黒子が笑った。
「なんか青峰君、ボク専用の座椅子みたいですね」
「イスって、お前なぁ……なんかもっと他にないのかよ?」
「ないですよ。何か不満でも?」
言いながら首を巡らせてそう問われて、しばし考えた後、青峰は立てていた膝を崩して腕だけでなく脚でも黒子を抱きしめる。
「なら、テツはオレ専用のクッションな」
「……別にいいですけど」
「なんだよ、いいのかよ!」
「キミは一体どういう回答を期待してたんですか」
そんなくだらないやり取りをしたところで、不意に黒子が顔を背けて「くしゅん!」とくしゃみをした。
それを見た青峰が、背後からすぐ間近にある黒子の顔を覗き込む。
「まだ寒いのか?」
「いえ、実はちょっと……風邪を引きかけているみたいで」
昨夜、翌日がオフだからと湯上りに髪も乾かさずに読書に耽って、そのまま寝てしまったのがいけなかったらしい。
まんまと朝になって鼻がぐずついて、己の失態に気がついたというわけだ。
「もしかして、外出たくねぇっつったの、そのせいかよ?」
「まぁ、そうです。寒いからというのも半分は本当ですけどね」
「……オマエな。そういうことはちゃんと言えっての」
コツンと後ろから優しく額をぶつけられて黒子が振り返ると、青峰は拗ねたように口を尖らせている。
「わかってりゃ初めからオレがテツんちに行くっつったのに」
「それはすみません。……でも、もし移してしまったら悪いと思ったので」
本当のことを言えば、青峰がすぐにそう言うだろうというのはわかっていた。
だが雪が降る中を自分の家に来させて、しかも風邪を移してしまってはバスケができなくなってしまう。
せっかくまたバスケを楽しめるようになったのだから、青峰には思う存分練習に励んで欲しかった。
けれど、そう思いながらも「会いたい」という気持ちは黒子にも勿論ある。だから。
「だからあの時、青峰君がボクの家に来ると言ってくれて、嬉しかったです」
「………テツ」
ほんの少しはにかんで微笑むその顔に、胸の奥がきゅうっと締め付けられるような感覚を覚えて、青峰は思わずその
ほんのりと朱の差した頬に口づけていた。くすぐったそうに首を竦める黒子の耳に唇を寄せて、無防備なその場所に触れる。
「テーツ」
促すようにもう一度名前を呼んで、またその滑らかな頬にキスをしながら、自分よりもずっと線の細い黒子の頤に手を掛けた。
明らかに唇へのキスを強請る青峰に、黒子は片手で近付いてくる顔をやんわりと押し返す。
「…ダメですよ。移っちゃいます」
「移らねぇ」
「……まったくもう」
自信満々にニヤリと笑ってそう言い切る青峰に、黒子はその日何度目になるかわからない溜息を吐くと、小さく笑いながらそっと目を閉じた。
2013年初雪記念で書いてしまった話です。
あ、でも黒子は冬生まれだから寒いの平気かな?
とりあえず青峰は暑くても寒くても文句言ってそうなイメージで(笑)
けど夏好きなんだろーなぁ。セミもザリガニも捕り放題だし!